我が家の末っ子。小学5年生。

相変わらず 学校へ行かず家で過ごす毎日。

このままでも何やし、改めて学校の何がしんどいのか…

高3になる長女も交えて話してみました。

結果。

小学校に入学した時〜中学年までは

きっと、しんどいながらも言われるがままにみんなと行動できたりしたのが…

高学年になると その「言われるがまま」に実は納得してない自分に気づくのかなぁと。

「こうするべき」と「これはしんどい」が明確になって来る時期が この高学年なのか⁉️

ということになりました。

長女も高学年には 相当学校がしんどくて、教室を飛び出して行方不明になったり 暴れたりし始めた時期でもありました。

家ではリスカ。

きっと「できない自分」を責めての行動だったのでしょう。。。

支援学級には先生が少ない。

なので必然的に 「自分がしんどい時」ではなく「先生がいるとき」しか行けない。

(しかも先生に余裕がある時でないと行けない)

ってことは。

子供たちが先生(学校)の都合に合わせることになる。

こりゃしんどいよね。

でも、現実、先生が足らないんやから仕方ない。

どうすりゃいいのか。

「しばらくの間、ずっと支援学級にしていいなら 学校行けると思う」と末っ子。

う〜ん。。。

それで行けるなら 行って欲しいなぁ。

長女いわく

「学校は 教室で過ごすことがゴール。

小学校の時は みんなと同調して仲良くすることが良いこと、

中学校の時は みんなと違う意見が言えるとカッコイイ、

高校になると みんなそれぞれの価値観を持つもの、って それぞれ教えられることが違うねんなぁ笑笑」だそうです。

なるほど。

私は講演会でもよくお話させていただきますが、「みんなと一緒」であることがそんなに大切なの⁉️って思います。

金子みすゞさんの詩に「みんなちがって みんないい」とありますが、ホントにみんな そう思ってるのかしら。

みんなちがっていい!って思ってる人、少ないですよね。

私は「みんなちがって当たり前」という言葉が大好き。

私が作ったんですが(笑)

「みんなと一緒で当たり前」は 子どもじゃなく、大人の固定概念。

これが出来て 当たり前。

これ分かって 当たり前。

ほんまかいな⁉️

そんなにみんな何もかもできます⁉️

かくいう私も実は 学校という空間が苦手。

そして中学校は半分しか行けてません。

それでも!

こうして笑える人生だってあります。

「こうでなければ」が少しずつでも 学校から減っていけば 先生も保護者も、何より子どもたちが もう少し 楽に通えるのかなぁ〜とブツブツ考えています。

さぁ。

いろいろあるけど 笑っていきましょ!

笑う門には福来たる@サリー